S20 - 2011-07

2011-07

3. isolation リハーサル3

リハーサルの三週目が終わりました。
作品製作もいよいよ最終章で、ギリギリマンの僕としては、
急がないといけません。
何かが足りない足りないと、うーんうーんと唸っている間に
時間はどんどんすぎていきます。
僕よりも彼女達の方が不安なようです。
気持ちは分かりますが、我慢してもらおうと思います。

ダンスの質はかなり上がってきました。
今回の作品では、
「バレエから僕の動きのシステムを利用して動きを作る」
ということがテーマになっています。

どういうことかと言いますと、
動きの素材から作るということは、
文章で言えば、文字から作るというようなプロセスです。
音楽で言えば、楽器作りからですかね。
なので、ダンスそのものから作っていかなければならず、
当然簡単なプロセスではありませんし、
まだ誰もがやったことのないような踊り作っていくわけですから、
不安はつきものですし、スムーズにことが進むわけがありません。
まあそんなものでしょう。

ダンサーたちからすると、初演の二週間前には大体構成が
終わっているのが普通なようです。
そーか、さすがにこれ以上素材作りに時間を費やせないので、
そろそろ振付を構成しないと。


3. isolation リハーサル2

リハーサルの二週目が終わりました。
うーん、さすがに時間が迫ってきて、じわじわと追いつめられていく
いつもの製作感覚が沸いてきました。

さて、少しずつですが、やっと踊りらしくなってきました。
実はダンサーたちにとって、とても難しいチャレンジです。
その一つとして僕も苦労していることは、
「踊るときの意識を変える」ということです。
僕の踊りの中では、体に対して受動的な意識にならないといけません。
それはバレエなどの意識の持ち方とは違うものです。
「体を動かす」という意識ではなくて「体が動かされる」
という意識にならなければならないのです。

なぜかというと、意識的にコントロールしていると速度が出ず、
意識以上の体の情報が出てこないからです。
しかし意識を受動的なものに変えると、
意識以上の速度と情報量が動きの中に入ってきます。
動きをコントロールしないからです。

例えば、「速く手を動かして」と言うと、
速く手を動かそうとするのですが、いくらがんばってもある程度以上早くはなりません。
なぜなら、それだと同時に速度を押さえる筋肉も一緒に使ってしまうからです。
動かそうと意識することで、自分で自分の動きにリミットを無意識にかけるわけです。
こういうことって、踊り以外のところでも、生活の中で気にするようにしています。

とかなんとか、そんな説明とかいっぱいしているのですが、
とにかくダンサーたちには頭と体をいっぱい使ってもらって、
今までの踊り方の意識を変えてもらうようにお願いしていますが、
皆さん、とても困惑しています。でもがんばってもらいましょう。

 

3. isolation リハーサル1

今週からベルリンで新作「3. isolation」のリハーサルです。
この作品は、オーディションで選出したバレエダンサー3人を使って、
僕のダンスメソッドにバレエを乗せようというものです。
先月一週間、彼女達と最初のトライアルリハーサルして、
その反省と課題を踏まえて今週からまた新たなチャレンジをしています。

僕も今までやったことのないことですし、
彼女達にとっても、もちろんそうなので、一緒に手探りです。
三歩進んで二歩下がるというような毎日ですが、
僕のやりたいことを彼女達がよく理解してくれ、
おかげで、自分のメソッドが少しずつ論理化されていっている手応えがあります。

戸惑いながらも、チャレンジしてくれている彼女達のリハーサルの様子を少し。

 

夏の東京滞在

二週間滞在に東京に滞在しました。
今回の滞在では、なるべ多くの友人・知人と話す機会を持つようにしました。
今の東京の友人達が何を感じているのか、
人々はどんなことを考えて日々を過ごしているのか。

沢山の人と会ったせいか、今回はすこし東京を離れるのに寂しさを感じています。
東京の騒音はうるさいし、バカみたいな窮屈なルールの連続や、
人の多さ、商売観念で作り上げられていく町並み、などなど、
多くのストレスを感じますが、それでも自分が慣れ親しんだ文化や土地というものは、
不思議と安堵感を与えてくれるものだと感じました。

経済中心の価値観には、やっぱり強い疑念を持ちます。
そしてそんな価値観が至るところに染み渡っていることが、
今回の原発のことから改めて実感しました。
東電の対応や政府の対応は相変わらず適当ですし、
それが利権絡みだということは明白で、
そんな状況にただただ慣れていってしまい、
そういう価値観やずる賢いやり方が、
常識になってしまうことは、やっぱりいやです。

原発の状況は一向に良くなっていないようです。
ニュースを見ていても、利権絡み、思惑に充ちた内容のものが多く、
こうやって人々をだましてやろうというメディアや
それをコントロールする人の姿勢が見えます。
分かりやすいもので言えば、節電なんて必要なくて、
節電させることで原発って必要だよって
思わせたい人がいるから、電力不足になりそうだと思わされているだけ。
節電のおかげで町の気温や騒音具合はちょうど良かったですが。

とにかく、短い間に沢山のことを感じました。
次戻ってきたときは、今回会えなかった友人達を訪ねよう。
だからまた東京に戻ってきたい。
ではまた今日から旅芸人。いってきます。

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